2008年03月

2008年03月31日

神宿る花・桜

日本の花なる桜、今咲き誇る。
日本の民は皆桜を愛でるなり。
桜の花は美しき。
日本の民の心を惹きつけ、和ませる不思議な花なり。
花見は良かれども、浮れすぎ品性失いゆく者も多かりき。
桜は特別の花なるを忘るるなかれ。
日本の象徴ならん。
神いたく愛する花なれば、周りを汚し、花を傷つけるは許し難し。
花見は花の美しさを楽しみ、魂輝かせ、神を思いて心やすらかに、神聖なる心にて行うべきことなり。
「さ」は神を表し、「くら」は神宿る場所を表すなり。
それゆえ、傷つけ汚すは神への冒涜なり。
日本の伝統、神宿る花ならん。
桜は神秘的な美しさを持つ花なり。
日本にさなる花あるを誇りに思いて、日本の伝統ゆめゆめ疎かにするなかれ。


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2008神示 

神と仏

投稿して頂きました質問より

・今後世界にも日本神道が広がっていくのですか?
・日本では神様と仏様が別々に信仰され主に二つの宗教が中心となっていますが、
今後、仏教と神道は習合された形の信仰になっていく可能性はありますか?
神も仏も元は一つなり。
神と仏、形は異なれど神の願い、御意図、神の存在を人へ伝えるが仏なり。
仏を信ずる者、神信ずる者、同じなれば、宗教真に極める者、真に仏を信じる者は、真理は一つなりと必ずや悟りゆくなり。
神も仏も元は一つ。
宇宙を司る宇宙の中心の神様はスの神様なり。
神道、仏道それぞれにて呼び名は違えど、呼び名は人の世界のことなり。
なれど気づかぬ者多かれば、時にどちらが上か下かとつまらぬ争いもあるなり。
仏もキリストも全ては同一。
神の願いを人に伝え、広げんためのものなり。
なれば真理は一つ。
この世は神の御仕組み、宇宙の仕組みにて動くものなり。
区別つけ、よざる争いを招くは浅はかなり。

神様は日本神道の「形」を世界に広めようとしているわけではありません。
どのような教えであっても元は一つなのですから、世界の人々は、それぞれの教えの中で真理に近づいていけばよろしいのであって、日本神道でなければダメと言うわけではありません。

神道と仏道も今は分離されていますが、その境界はわりと曖昧にされている部分が残されています。
元一つなのだから、区別する必要が無いことを日本人が知っているからです。

立て替え立て直しにおいても、その国々において大切な文化風習は残されていきます。
神様も神社という形は残されると仰っています。

神道と仏教の神様が習合されていくかどうかは、わかりません。
形が違っても元は一つという意識があれば、両方の形が残されていても構わないわけですし、元一つならば自然に融合していく可能性もあると思います。

私としては、いずれも大切な日本文化となっていますから、境界はより曖昧になるかもしれませんが、それぞれに元は一つと言う意識の中で大切にされていく可能性が高いのではないかと思っています。

2008年03月30日

木花万乃について

投稿して頂きました質問の中に何件か、私がなぜ御神示を受け取るようになったのか、どのような形で神示を受け取っているのか、神様との関わりなどについてのご質問を頂きました。

私の事ですので立て替え立て直しとは関係ありませんので、これまで自分のことはあまり書いたことがありませんが、どのような人間がこのような仕事をしているのかと言うのも読者の方には重要なのかもとも思いますし、自分を振り返ってみるのも、これからの活動のヒントが出てくるかもしれないと感じましたので、少しずつになりますが、これまでの事を書いてみようかと思います。

↓ページに記していきますのでよろしくお願いします。
木花万乃について

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木花万乃prof. 

「魔」の存在理由

投稿して頂きました質問より。

・神様は万物を創造されたのなら何故、魔も存在するのでしょうか
過去の神示より

人よ悟れよ。悪ありてこそ善ありきを繰り返し申すが、善のみならば生きる意味なし。善のみならば人類は成り立たぬ事を。
人の中には悪の心あり。善の心あり。
善と悪とが戦いつつ生きるものなり。
理想の世は善と悪とが均衡を保ちつつ生きる事らん。
されど今の世は悪を抑える心、秩序乱れ均衡保てぬなり。
普通の人間が罪をおかし、殺人までおかしゆく。
普通の子が人を殺し、親を殺すなり。
悪を抑え勝つ心弱まるなり。
それゆえ我が身のみは罪人とならずと考えるは間違いなり。
己の心の悪を良き方に導けよ。
嫉妬、羨望の心を持たば、それをバネにせよ。
それに打ち勝つ努力をせよ。修行をせよ。
人に恨みを持たば、己が穢れゆき、魂穢す事まず思い起こせよ。
うらみのエネルギーは凄まじき。我に跳ね返るものなり。
己の中の悪と戦い修行し、魂を浄化するべし。
人間の中にある悪、それは己一人にあるものではなき。
されど、悪に支配されぬ強き心作り出すは己自身なり。

我にありし邪心、悪心と戦うも人間の修行なり。魂磨きなり。

今の悪と、必要悪は全く異なるものなり。
昔の善悪と今の善悪は大きく異なるなり。
悪の中に善あり。善の中にも悪があり。
全てが善のみなればこの世は滅ぶなり。
なれど、今の悪、その裏に善無き。ただ害を与える悪のみ。
今の悪、必要悪に無し。そを間違うなかれ。

己の中の悪と向かい合った時、己を貶めるなかれ。
己の中の悪に気づかぬ者も世の中多し。
また、気がつきても改むることなく、魂穢す者も多き。
己の中に悪ありは、皆々同じなりき。
そに気がつき反省する心ありなば、必ずや向上し得るものらん。
いたずらに己を責めるなかれ。

全ては表裏一体です。「魔」「悪心」は私たちの心の中に確実に潜んでいるものです。
何故なら、心の中の魔、悪心と戦うことにより、人は善の価値を知り魂を磨いていくことができるからです。

魂を浄化すると言うのは、自分の中の魔と戦い、人として成長してく事です。
人間である以上完全に消し去ることは不可能ですが、できる限り魂を美しい状態にして神様にお返しするのが私たちの努めです。

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神様への質問 

2008年03月28日

グラデーション

投稿して頂きました質問より

・立て替え立て直しはいつ頃終わるのですか。
・立て替え立て直しによって、具体的に私たちの体にはどのような変化があるのでしょうか。。
地球上のありとあらゆる物の浄化終えるはまだまだ先のこと。
神は一点の曇り無きよう、地球を浄化さるる。
日々浄化・改革は行われ、次の世と今の世にここまでと言う境界はなし。
次の世に移りても更なる浄化が行われり。
次の世に移りなば、地球の次元が変わりゆくゆえ、一見変わらぬ世界に見えるなれど、魂清められし者にははっきりと感じとれるものなり。

様々な情報で2012年12月22日が区切りとなっています。
この日は確かに重要な区切りの日なのだと思いますが、これを境にがらっと全てが変わるというような事では無さそうです。

運命学でもそうですが、全ての変化はグラデーション的で、例えば2007年と2008年の運気が、年が変わったからと言ってコロッと一気に変わることはありません。

ですから、この日以降も、浄化は進み残された魂を持つ人の力によってミロクの世は少しずつ作り上げられていくのだろうと思います。

ミロクの世が訪れた時には、人には確実に感覚的な変化があるようです。
その感覚的変化が日月神示などで半霊半物質と説明されているのだと思いますが、その変化について神様にお伺いしても、その時がくれば分かること、今説明しても理解はできぬ。と言うような返答です。

立て替え立て直しの過程においては、体の毒素を排出する作用も起きてきます。
それは、病気として表れますので、体調を崩す方も増えてくると思います。

私も年が明けてから体調を崩してしまったのですが、今まで体験したことのない症状で、2週間くらい咳と痰が止まりませんでした。
神様は、これまで溜めてきた毒素の排出だと仰っておられました。
このような作用が進むことで、少しずつその感覚的変化を感じ取ることができるようになるのでしょう。

そもそも、まだ立て替え立て直しで、人がミロクの世に移行できると決まったわけではありません。
私たちの手によって素晴しい世界を作り上げる為、今は日々、日常の中で身も心も浄化していくことを目指し生きていきましょう。

2008年03月27日

転生

投稿して頂きました質問より

・この世の立替で、人が分けられるということを知りました。
ミロクの世に残されない魂はもう転生することはないのですか。
この立て替え立て直しにおいて、浄化されぬ魂は転生できぬものもあり。

今この時、己の過ち気付きて清めゆくが肝心。
まだまだ、気付きある魂少なき。

時は迫れり。
人の一日も早い気付きを神は望まん。


2008年03月25日

傍にあり

投稿して頂きました質問より

・過去に神がさがられた(人間界に干渉しなくなった)と聞いていますが、何故でしょう。
ずっと人間界を見ていることも出来たのでは無いでしょうか?

・万人にはっきりと神の存在がわかるようにしないのは何故ですか。
神の存在を万人が認識すれば行動が変わってくると思うのですが。
過去の神示より抜粋

神から遠ざかるは人間なり。
神から人を遠ざける事、見放す事はありえず。
人が求むれば必ず神は導かるる。
己の我、欲にて神から遠ざかる者多し。
されど、1度遠ざかりても再び神求むれば、神はふたたび足許照らしゆかるる。

声聞けずとも、目に見えずとも神の存在を信じ疑うなかれ。
どの時も神と一緒にありと思えば心落ち着こう。
皆人一人一人が心落ち着き、浄化さるれば悪き波動も良き波動へと変わりゆく。

人はいつも迷うものなり。苦しむものなり。
さなる時人は神を求むる。
目には見えず、声も届かぬゆえ人は神を求め、あるいは否定し、己に良きことありなば神の力を讃え、不幸ありなば、この世には神も仏も無いと言う。
人にはこの世の修行あり。
人それぞれに見合いし行与えられん。
魂穢れ、修行足りぬ者程、辛く厳しき行となるらん。
苦しきこと、悲しきこと耐え抜き乗り越えてこそ、人の痛みも悲しみもわが身の痛み悲しみとして捉える事ができるものなり。
この世の修行厳しきなり。

されど、心一つで全て変わるものなり。
心が歪み、意固地なるものは時に神を慕いて敬うなれど、あまりに強き信を持つがゆえに、ただ一度の不幸にても神を恨み、偏った考えに陥る者もあり。

神は常に人の傍におられ、見守られん。

あまりに強き偏った信は人から見れば奇異に見え、余計に神を遠ざけるなり。
心優しく穏やかな人は神が傍におられる事を当たり前のように感じ、神こそ全てと考えるになく、いたずらに神を求むるになく、されどいつも感謝の気持ちを抱く。そのような穏やかな信こそ神を信ずると言うことなり。

人は魂を穢すことにより、神様からの信号を受け止めることができなくなり、神様から与えられた運命の良い流れに乗ることができなくなってしまいます。これが人が神様から離れている状態で、正確には神様が人から離れているわけではありません。そのような状況でも神様は早く気づけと信号を送り続けてくださっています。

本来、神様の姿は見えないものです。声も聞こえないものです。

しかし、その存在を感じる事は誰にでもできます。
神に心を向け感謝を捧げ、魂を磨き、精神成長を目指し過ごしていれば、目に見えずとも声が聞こえずとも、神様に守られていることを必ず実感することができます。

そもそも、神様に守られていなければ人は生きることができません。
今も神々様は人を守るためにお働きになられていることを忘れないでください。

kibanamano at 11:49 この記事をクリップ!
神様への質問 

2008年03月24日

富士登山について

投稿して頂きました質問より

・夏に富士山に登る予定でしたが、純粋に展望や星を見て、神様に感謝の祈りをささげるだけの登山なら問題ないのでしょうか?
過去の神示より抜粋

富士は神の山なり。
神国日本の象徴なり。
世界にただ一つ、神界への入り口、天と繋がりゆく山なりて、ゆめゆめ遊び心にて登るなかれ。

富士は尊き神地もあれば、呪いたまりし地帯もあるなり。
卑しき思い、卑しき願い、穢れし魂持つものは、容易に祟られるものなり。

人の卑しき行いにて、ゴミの山と化すも、神いたく悲しむらん。

低き思いにて登りなば死をも招くなり。
ならば人は心して神への無礼無きよう登るべし。

富士こそが日本の始めなりて、聖なる山なり。
思い高き者なら、富士に登りてさらに次元を高めよ。人よ。

富士から流れ出る川の小石を広い持つならば、清き魂の者には守りとならん。

富士の山は神国日本の象徴なり。
神世の時代の名残なりて、ゆめゆめ富士に軽き思い抱くなかれ。

富士は火を噴く山なり。今は力も衰えるが、人が汚れに汚れ、神国日本穢され続けるなば、いよいよとなれば火を噴くやもしれぬ。

されば人はそのような事が無きよう、富士に信仰思いを深め、祈りを捧げよ。

富士に通じしと伝えらるる山あり。そも同じにて神に無礼を働くなりては神罰大きく下るものなり。
人は感謝と祈りを捧げ、畏敬の念を持ち、登山するべし。

神示にある通り、厳かな気持ちで臨めば全く問題はありません。
素晴しいエネルギーを頂くことができるはずです。

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神様への質問 

神社について

投稿して頂きました質問より
Q:こちらのサイトにて、神社にお参りに行く事を勧めておられたので、よく行くようになりましたが、時間的に、多分午前中の方がいいのだろうと思われますが、午後、或いは夜などに行ってもいいのでしょうか。

A:一般的に午前中にご挨拶するのが最適と言われています。それで間違いありません。
ただ、一日の中で一番神気が高まるのは14時頃だそうですので、その時間帯にお詣りされるのも大変結構な事だと思います。
暗くなってからは避けてください。
Q:神社仏閣におまいりするときにはどういった点に気をつけてお参りしたらよいのでしょうか。

A:神社では日々生活できていることの感謝、反省と懺悔、これからの目標、他者の幸せなどをお祈りください。
自分の願いを祈願するのもダメと言うわけではありません。
神様は願いを叶える便利屋さんではありませんが、心からの願いであれば、何らかの道筋が示されます。後は神様からの信号に気が付くことができるよう日々、心を磨いておくことです。
Q:週に数回地元の神社へお参りに行き、日々生かされている感謝の気持ちを神様にお伝えていますが、
これも魂の浄化につながるのでしょうか?

A:もちろんです。とても素晴しいことですのでお続けください。
神様はできるだけ神社に足を運んで欲しいと仰っています。

神社は、闇雲に建てられているわけではありません。
神様、宇宙のエネルギーを人に伝えるために考えられています。

宮崎には西都という土地と、木花という土地があります。
両方とも木花咲耶姫様のゆかりの地ですが、この2つの土地には重要なラインが通っていると教えて頂いたことがあります。

そこで、西都の都萬神社と木花の木花神社、木花咲耶姫様を御祭神とする2つの神社で線分で結んでみました。

すると、その直線上には宮崎神宮、宮崎八幡宮なども建てられていることが分かりました。

さらに、北と南にその線を延ばしていくと、北は高千穂の天岩戸神社、南は、海宮(わだつみ)神社をほぼ直線で結ぶことができました。

このラインは神様の通り道だと教えて頂きました。

神社は例えばそのようなエネルギーポイントを示す物であったり、神と人が繋がるために考えられた場所に神様の意図によって建てられていると言うことです。
ですから、神様のお許しも頂かず、例えば道路を造りたいからとか、ビルを建てたいからとか、そのような理由で壊したり、勝手に移転することは許されません。

人が本当に神と同調することができれば、神社という形は必要無いそうですが、先日も書いたとおり物事には順番があります。
神から遠く離れている現代人が、いきなり直接神様と同調することはできません。

できる限り、神社に足をお運び下さい。
関連リンク
http://696.kibanamano.net/archives/50357779.html
http://696.kibanamano.net/archives/50109041.html
http://696.kibanamano.net/archives/50109107.html
http://696.kibanamano.net/archives/50109116.html
http://696.kibanamano.net/archives/50109118.html

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神様への質問 

2008年03月19日

大和魂 順序・序列

投稿して頂きました質問より

・大和魂とは一体どのような魂のことですか。
そもそも日の本の民は神に一番近き民族なり。
神を敬い、いかなる時も神の意に素直に乗りて、正しき順序、順列守り、循環崩さず神と共に歩む民族なり。
正しき順列崩れ去りなば、天と地ひっくり返りて、親子断絶、家庭も崩壊、秩序の崩壊、教育現場の崩壊、様々なる狂い生ずる。
真の大和魂なるは天の秩序を守り、正しき順列に従い、思いやりを持ちて、国を守り、家族を守る神国の民の魂なり。
順序、序列の真の意味知らぬ者多き。
順序、序列あることの意味、大切さを考えるべし。

戦後、日本は核家族化が進み、結婚も個人同士と言う意識が高まり、伝統的に守られてきた順序・序列を古くさい迷信としてしまいました。

大和魂を失った結果、親子は友達のようになり、夫婦は夫と妻それぞれの役割を間違え、先祖との繋がりの意識も薄れ、人は多くの問題を抱えてしまいました。

現代では夫と妻の役割などと書いてしまうと、男尊女卑とも言われかねない状況です。
確かに過去の男尊女卑の傾向は神の意に沿っているものではありませんでした。
このことは、反省し、教訓として本来あるべき、お互いが補い合いエネルギーを循環させるための順序、序列としていかなければなりません。

今、神様は特に女性に女の役割を思い出しなさいと何度もメッセージを送ってこられています。

これは、現代は女性の女性性が封じられて男性性が与えられてしまっているからで、女性が女性性を目覚めさせなければエネルギーが循環しないからです。

何事も守るべき順序・序列があります。
その事をどうかご一考ください。

日本人がいつか本当の大和魂を取り戻しますように。

木花咲耶姫様からの神示
6747

祝祭日には国旗を掲げましょう。

日の丸についての神示
平成18年10月6日
平成18年9月7日
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